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Hello 校長室
Hello 校長室
いしずえ408
■自己紹介のカードが掲示されていました。名前と顔を思い浮かべ、それぞ
れ、私の○○〇、好きな○○〇…が書かれていて楽しませてもらっています。
印象的な記述は、好きなテレビ「連続テレビ小説」 私の小学校時代「昭和
〇年」 好きな季節「晩秋」…でした。思いっきり年齢層が高そうな方々の
掲示物があって時を忘れました。 (5月12日飯田芳男)
いしずえ407
■「グリコ」「パイナップル」「チョコレート」と、なつかしい言葉が聞こ
えてきました。グーで勝つとグリコ!三歩前に進みます。相手を追い越すか
相手にタッチするかで勝ち負けを味わいます。校長室前ストリートが昭和の
路地になっていてホッとするひと時です。放課後なので先生方、どうかお目
こぼしを!カンチン、ロクムシ、だるまさんがころんだ、馬飛び…大学生に
なってもやっていました。「逃走中」は昭和の時代もやっていました。あっ
名称はドロケイ!ぜひ校舎内でやってみたい!先生方、どうかお目こぼしを。
(5月11日飯田芳男)
いしずえ406
■連休中に教え子の結婚式に出席してきました。新郎新婦は小学校4年生
で学級が同じでした。4年生で席が隣同士になったのが縁だと言って、盛
り上がっていました。その座席を決めたのが私でしたから!担任の責任は
重いですね。私は小学校の経験が長いですが、教員の習性?で、いつまで
も児童の顔を覚えています。1年に1回は「みんなどうしているかな」と
学級単位で、平等に顔を思い浮かべます。小学校時代の顔ですが…。しか
しこの頃は、私のほうが教え子に見守られています。
(5月10日飯田芳男)
いしずえ405
■ツバメの姿を見かけるようになりました。ツバメは泥のような湿った土
で巣をつくります。雨に濡れにくい場所を選ぶので、賢いなと思います。
そのうえ、わざわざ人の多い場所で巣作りをしています。天敵から身を守
るため、人間が多いところのほうが良いのでしょう。ということは学校は
まさに好立地ですね。一中でも探してみようと思います。ツバメは、前回
使った(作った)巣を利用する習性があるので、毎年似たような場所にや
ってくるはずです。でも、餌をさがすツバメが、土の上を歩いているのを
見たことがありません。なぜでしょう?チャットGPTでツバメ語に翻訳し
て、話しかけて聞いてみようと思います。 (5月9日飯田芳男)
いしずえ404
■今日は世界赤十字デーです。アンリ・デュナンの誕生日です。デュナン
はスイスの実業家であり、国際赤十字社の創設者です。第一回目のノーベ
ル平和賞受賞者でもあります。デュナンの業績が、小学校5年生の国語の
教科書に載っていました。当時一緒に学んだ子供たちは、一中生の皆さん
の保護者と同じ世代かなと思い出していました。平和や安全を維持する心
を学校生活から発信したいです。 (5月8日飯田芳男)
いしずえ403
■能登地方で地震の被害に見舞われた方々に、お見舞いを申し上げます。
立川から、故郷北陸に戻った教員の顔も思い浮かべ、案じています。出校
して学校の整備に尽力しているはずです。私も気持ちを引き締めています。
(5月7日飯田芳男)
いしずえ402
■今日は立夏、暦の上では夏が始まります。一方能登地方では大きな地震
がありました。時折、自然界は容赦なく私たちに「わざわい」をもたらし
ます。これ以上の被害がないことを祈るばかりです。
(5月6日飯田芳男)
いしずえ401
■昭和22年の4月に開校した本校は、5月5日に開校式を行いました。
この開校式の日が開校記念日になっています。当時60数名で開校した
本校も77年目に入ります。また今日から新たな歩みを進めます。校舎
は何も語りませんが、一中生のドラマをじっと見てきました。生徒の喜
怒哀楽を受け止めてくれた一中に感謝です。 (5月5日飯田芳男)
いしずえ400
■みどりの日は、Green DayかあるいはMidori-No-Hiと表記するのか、
Greenery Dayと表すのか気になるところです。でもどうやら、緑色の
日というわけではなく、植物の葉の緑を表す単語を用いるのが通説の
ようです。この件は英語科の先生に質問してみようと思います。とも
あれ、今日だけでなく、植物を愛で、緑ある環境づくりを応援したい
と思います。ところで、教室の黒板は、全国的には「みどり」が多い
です。緑板と呼ばない先人の優しさは見事です。(5月4日飯田芳男)
いしずえ399
■憲法記念日なので、日本国憲法の前文を読み返してみます。大学の時
は、「憲法」に合格しないと卒業できなかったので丁寧に取り組みまし
た。卒業はできましたが、憲法の理念が身についたかと言うと、とても
合格点ではありません。今になっても、まだまだ勉強です。子どもの頃、
私は「我が家の憲法」を作成しました。「家族は末っ子の私を常に可愛
がる」を第一条に掲げました。いまふうに言うとドン引きされました。
(5月3日飯田芳男)
いしずえ398
■今日は立春から数えて88日です。茶摘(ちゃつみ)の歌詞を、つい
口ずさんでしまいます。♪夏も近づく八十八夜(トントン)と手遊びを
入れて歌うと楽しいですね。八十八夜は、88日目の夜が過ぎたという
意味で、農作業の目安にもなります。立春を1日目と数えます。八十八
夜の今頃摘んだ「一芯二葉(いっしんによう)」という、若い芽2枚と
芯芽だけでつくるお茶は、最上級品と言われています。季節の移ろいを
楽しむ先人は「初物」にも敬意を払っていたのです。私も、せめて今宵
は急須で入れた日本茶をいただきます。 (5月2日飯田芳男)
いしずえ397
■鯉のぼりを気にかけて歩いてみますが、なかなかお目にかからなくな
りました。よそのお宅の鯉のぼりを探しているので、「見当たらない」
と言っては失礼な話ですね。我が家では上げたことがなかったのですが
一番上に上げるのが「吹き流し」という説があります。五色の吹き流し
は、青が春、赤は夏、白は秋、黒は冬だそうです。では黄色は?土用だ
そうです。でもこの五色は「魔除け」だと民俗学の授業で習ったことが
あります。ちなみに教授は「五色はごしきと読む」と教えてくれました。
ともあれ、一中生の成長を願って、柏餅をいただき鯉のぼりを眺めます。
(5月1日飯田芳男)
いしずえ396
■世の中では「ゴールデンウイークに入り…」(以下GW)と報じられて
います。語源が、「興行に使われたことが始まり…」とのことで、私は、
「大型連休」と言うようにしています。それは諸先輩からの指導の影響大
ですが。でも「GW」は1951年につくられたと言われています。もう
市民権を得た言葉だと思っています。あくまでも私の個人的見解です!
(4月30日飯田芳男)
いしずえ395
■今日は、天皇誕生日、いえ、昭和の日です。2007年から昭和の日とな
りました。しかし、1989年から2006年まではみどりの日でした。い
ろいろなドラマを背負っている29日です。とは言え祝日です。土曜だから
病院に行こうと思いましたが休業日でした。「夕刊がない」のが気になるの
は私のような昭和のおじさんだけでしょう。昭和64年の年賀はがきは取っ
てあります。昭和がどんどん「むかし」になっていきます。
(4月29日飯田芳男)
いしずえ394
■私が中3の時「おれ、悩みが多くって」っとたびたび友人に相談していま
した。でも悩みを口にすると、悩みが半減するので、友人の存在はありがた
かったです。そんな友人がある時、「おまえ去年の今頃、何で悩んでいたか
覚えてるのか?」と言ってきました。私は「ぜんぜん覚えていない!」と答
えると、「だから、あんまりくよくよしないことだよ。」と悠然と答えてく
れました。チェリオのオレンジを腰に手をあて飲みながら…。大型連休を迎
える頃いつも思い出す光景です。 (4月28日飯田芳男)
いしずえ393
■『奇妙な漢字』という本に、「読めそうで読めない漢字」の欄があります。
読み進めましたが、私にとっては「読めなさそうでやはり読めない」漢字が
並んでいます。「俎」の訓読みは「まないた」「栖」の訓読みが「すみか」
等々。読み込めず絶望的になっていったん本を閉じました。そんな時、しお
りをはさむことがあります。しおりは「栞」と書きます。はて?どんな字だ
っけ?そこで更なる課題が…。私には「書けそうでやはり書けない」漢字が
多いです! 手を動かして字を書かなくては覚えられないと、しみじみ思い
ました。 (4月24日飯田芳男)
いしずえ392
■今朝、ラジオでアナウンサーが「おしょくじけんの背景は何でしょう?」
と言ってました。「ん❓お食事券の背景?」と興味津々でした。よ~く考え
れば「汚職事件の背景」ですね。ところで先日『厳選覚え違いタイトル集』
を読みました。私のような仲間ばかりでした。図書館員さんに「下町のロボ
ットありますか?」とたずねた方がいたようです。下町ロケットですね。次
は「だいぶつじろうの本ありますか?」これ、中学生の時私も言いました。
大佛次郎(おさらぎじろう)さんですね。一中生の皆さん、私のようになら
ないよう日々精進! (4月26日飯田芳男)
いしずえ391
■このごろ見かけなくなりましたが、私は学年別の学習雑誌の大ファンでした。
小学校の時は「小学一年生」から六年生までを愛読。なぜか学校で配られる、
科学と学習と合わせ楽しんでいました。中学に入ると中一コースに中一時代を
愛読。二つの出版社がそれぞれ○○コースと〇〇時代を発行していて、友達と
コースと時代を交換していました。先日友人と、何だかんだ言いながら、学習
雑誌を探して神田の古本屋街を歩きました。ありませんでした。多分、永遠に
探せないと思います。インターネットに頼らないスーパーアナログおじさんの
旅にゴールはありません。 (4月25日飯田芳男)
いしずえ390
■立川は、昭和20年(1945年)2月16日以来、終戦まで13回空襲に
見舞われたと言われています。同年4月4日は山中坂の悲劇、今日4月24日
は砂川村が空襲を受けました。砂川国民学校(現在の八小)の三名の先生が命
を落としました。爆風のすごさは、長く校内で保管されてい二宮金次郎像から
伺えました。ひざ下と手首が破損していたのです。持っていた本もありません。
空襲から70年を経て、平成27年(2015年)に地域の方々の尽力で修復
されました。でも手に持っていた本は修復されていません。戦争の惨禍を後世
に伝えるためです。いつまでも「平和」を愛していきたいです。
(4月24日飯田芳男)
いしずえ389
■私が中1になった時、担任の先生以外に授業ごとに先生が変わるというのが
とても新鮮でした。おまけに私の担任の先生が家庭科で、授業をもたない先生
が担任ということにも驚きました。当時、男子は家庭科をやらなかったので、
今振り返ると別の意味で驚きですね。ともあれ、すこし大人扱いをしてくれる
中学校生活のスタートが嬉しかった思い出があります。私は図書委員になりま
した。蔵書カードにブッカー、貸し出し券に代本板。アナログな思い出がよみ
がえります。代本板は抜き出した本の代わりに立てかけます。顧問の先生が、
英語で「ダミー」と教えてくれました。中学の思い出を語ると夜が明けます!
(4月23日飯田芳男)