Hello 校長室

Hello 校長室

いしずえ228


■今日も数字の語呂合わせでわかる記念日、「ひざの日」です。いいひざの日と
呼ぶこともあるようです、2月25日は「ひざ関節の日」です。うっかりすると
区別がつきません。私は、中学時代に部活で「うさぎとび」をしていたせいか、
ひざの調子が良くありません。ですから毎日屈伸をしっかりやっています。ずっ
と、伸びた足のひざを押してからしゃがんでいました。体育科の先生に「それだ
と、ひざを痛めますよ」と言われました。星飛雄馬のひざも心配です。
                        (11月13日飯田芳男)

いしずえ227


■11日に厚労省から現代の名工が発表されました。「ものづくりの名人」とい
う方々です。新聞にはランドセル作りの方が紹介されていました。「小学校の6
年間、子供が成長する中で連れ添う大事なもの。まじめに作ってきたことが評価
されて良かった。」というコメントに胸が熱くなりました。来年4月の入学なの
に、今頃から自宅で背負っている子供たちがたくさんいます。作り手の皆さんの
心も背負っています。              (11月12日飯田芳男)

いしずえ226


■読売中高生新聞「シゴトビト」欄の特集はアナウンサーでした。仕事に悩まれ
たアナウンサーさんが「個性も特技もないけど、どうしたらよいか」と先輩アナ
に相談しました。すると「個性なんて見る人が勝手に決めるもの。何もないんだ
ったら一生懸命やるしかないよ」という答えが返ってきたそうです。その後、開
き直ることができたそうです。私も時々シンプルな答えに心が動きました。難し
く考えないことも良薬ですね。          (11月11日飯田芳男)

いしずえ225


■今日は「いいテン(手)」の語呂合わせで、ハンドクリームの日だそうです。
手荒れの予防に一中生の皆さんは、思い思いにお気に入りのハンドクリームを使
っていることでしょう。私の中学時代は、祖母愛用の「桃の花」でした。毎年述
べるエピソードです!桃色のクリームを塗っても、しわしわの祖母の手が改善さ
れていくわけではありませんが、入念に塗って満足そうな祖母でした。私は我が
家の洗面台にチューブ入りのハンドクリームを置いています。時々、歯ブラシに
塗ってしまいます。これも毎年のエピソードです。 (11月10日飯田芳男)

いしずえ224


■学区域は『立川市民科』の学習教材に囲まれています。富士見町の踏切「上野原
踏切」も歴史を語っています。この踏切の立川寄りに五日市鉄道『武蔵上ノ原駅』
があったようです。五日市鉄道は、昭和5年頃開通し、昭和19年10月には廃止
されてしまったとのことです。「立川市の歴史と文化財」という史料で知りました。
そう言えば『五鉄通り』を見かけた気がします。ウ~ンどのあたりだったかなあ?
一中生の皆さんのほうがくわしいかもしれませんね。  (11月9日飯田芳男)

いしずえ223


■今日は皆既月食が見られそうです。月が天王星を隠す『天王星食』も皆既月食中に
起こると聞きました。月は東の空で午後6時9分から暗くなり始めます。塾や部活の
生徒は気になる時刻ですね。気にかけて夜空を見上げてください。天王星食は月が天
王星の前を横切るときに起きます。私の視力では楽しめないと思います。一中生は挑
戦してみてください。月は赤く見えるそうです。でも「怪奇」月食ではありません!
                           (11月8日飯田芳男)  

いしずえ222


■今日は立冬です。暦の上では冬のスタートです。木枯らしが吹き、木々の葉が落ち
ていきます。私の手帳のメモでは昨年は木枯らしが吹いていません。一昨年の木枯ら
し1号は11月4日です。今年はどうでしょうか。私が中学生の時、学級日誌に今日
『木枯らし一番が吹きました!』と、得意げに書いて笑われた記憶があります。春一
番とは言いますが、なぜか木枯らし一番とは言わないようです。132本もある一中
の木々が木枯らしに負けないことを願っています。    (11月7日飯田芳男)

いしずえ221


■小学生が体験授業で来校した時、ある児童に「立川にのぼり坂とくだり坂では、
どちらが多いの?」とたずねました。純真無垢な表情で答えを力説するので、同じ
でしょう!という答えを言いそびれました。23区には630の坂があるそうです。
と言っても『のぼり坂と、両方こみこみ』ですね。私としては歩くのに楽なくだり
坂が多いといいのですが、なんだか私の人生のようでそれも気になります。でも、
人生で多い坂は「まさか!」です…。         (11月6日飯田芳男)

いしずえ220


■体育倉庫の脇にかしの木があります。木からは実がぽろぽろ落ちてきます。風
が吹くたびに落ちてきます。木の実はいわゆるドングリです。ドングリの木は、
コナラ、クリ、マテバシイ、シイ、ブナです。かしの木はブナ科の総称なのでド
ングリができます。ドングリは果実といいますが、食べるドングリではクリがお
なじみですね。クリも果実ですから、栗を「くだもの」といっても間違いではな
いようです。ドングリの種類もたくさんあります。童心にかえって楽しんでみよ
うと思います。                  (11月5日飯田芳男)

いしずえ219


■1946年の今日「国際連合教育科学文化機関」が発足しました。国連の専門
機関で本部はフランスのパリです。「人の心の中に平和のとりでをきずかなけれ
ばならない」というユネスコ憲章の前文は、あまりにも有名です。この頃世界情
勢は、この文と真逆の方向にいっています。私にできることはやっていこうと思
っています。                   (11月4日飯田芳男)

iいしずえ218


■広く文化に親しむ日です。私は文化がカルチャーという単語で示されるのを中学
の頃知ったような気がします。その頃カルチャーセンターという「教室」もあちら
こちらで開設されるようになっていました。カルチャーの語源となるラテン語(読
み方がわからず紹介できなくてごめんなさい)には、「心を耕す」という意味があ
るようです。今日は「心を耕す日」だと思うと、ちょっと気持ちがなごみます。
                          (11月3日飯田芳男)

いしずえ217


■「いい文字」という語呂合わせから、今日は「習字の日」「書道の日」というこ
とです。私は、今日はとびきり丁寧に字を書くようにしています。でもいつも丁寧
にしていなくてはいけないですね。反省です。私が小学校一年生の担任の時は、そ
れはそれはひらがなをていねいに書いていました。書き順にうなされた一年間でし
た。今日はまた新たな気持ちで文字を綴ります。    (11月2日飯田芳男)

いしずえ216


■枕草子の巻頭文『秋は夕暮。夕日のさして山の端(は)いと近うなりたるに』の
ように、古来日本では、秋の夕暮れのさびしいおもむきが愛されてきました。でも、
あとに『風の音や虫の鳴く音などは言うまでもなくすばらしい』という意味の文が
あるので、10月の初め頃の夕暮れかなと勝手に思っています。さて、霜月11月
になりました。国文学者折口信夫先生が著書の中で、10月が「上(かみ)の月」
11月は、「下(しも)の月」という解釈をしていました。大学時代の授業を突然
思い出す秋の夕暮れです。              (11月1日飯田芳男)

いしずえ215


■中学の時。新宿と間違えて行った原宿で、ハロウィンのパレードに遭遇しました。
黒いマントやかぼちゃのマスクに驚き、帰宅後「すごい行列を見た!」と家族に、
報告したことを、今でも思い出すと笑ってしまいます。今日はハロウィーンですが、
個人的には『出雲ぜんざいの日』だなあと思って過ごします。  
                          (10月31日飯田芳男)

いしずえ214


■今日、読売新聞のコラムにあった「雲の畑」という子どもの詩で、ほっこりさせ
てもらいました。『雲がもこもこ うねになっている 空の上の人が胤みでもする
のかな』 私も作者を見習って、明日から、少し空を見上げて歩こうと思います。
                         (10月30日飯田芳男)

いしずえ213


■今日は『インターネット誕生日』です。世界で初めてネットワーク通信が行われ
た日が1969年の今日だということです。歴史は古いですが、『ネットで調べて』
が一般的になったのは平成の中頃のような気がします。あくまで私個人の感覚です。
以前、先輩の先生が電話線を買ってきて、学校のPCにつなぎ「世界とつながるぞ」
と熱く語っていました。5インチフロッピーディスクをながめながら思い出しまし
た。確か平成7年頃でした。            (10月29日飯田芳男)

いしずえ212


■昭和37年に一中生は全校で1579人でした。この年が最高記録のようです。
A組からK組まであった記録があります。学年の人数も多いので修学旅行などでは
最初の学級が見学を終えても、最後の学級は待機が続いたこともあったようです。
京都への修学旅行は車中で一泊し、東京駅からは8時間半かかったと文集に書い
てありました。機関車のススで顔面真っ黒で到着したようです。先輩方の苦労に
頭を下げるばかりです。             (10月28日飯田芳男)

いしずえ211


■平成3年までつめえりの学生服が標準服でした。今の標準服になったのはどうや
ら平成4年からのようです。一中生のスクールライフも一年ごとにはわかりません
が10年、20年で比べると大きな変化がみられます。50周年記念誌に、校区内
に「上の原駅」があったという記述があります。青梅線の単線(短絡線)に確かに
「上野原踏切」があります。ディーゼル車に引かれた貨物列車が発着していたそう
です。さっそく駅の跡をさがしてみようと思います。 (10月27日飯田芳男)

いしずえ210


■今日は元日から数えて299日目です。明日で300日。私の一日は長いですが
一年は早いです。でも学校生活の後半戦は、まだたっぷりあります。皆さんの活躍
を祈っています。今週は富士山が雪でおおわれています。「富士山は、すそ野が広
いから高くそびえる」と祖父が口をすっぱくして言っていました。「土台が大事」
ってことかなと、富士山をながめながら祖父の言葉を思い出していました。
                         (10月26日飯田芳男)

いしずえ209


■校庭にラグビー部のゴール跡がありました。撤去しましたが「一中ラグビー部」
の歴史をさぐってみました。資料からは平成5、6、7年に関東大会に出場してい
ました。この年までの記録がありますが、ラグビー部がいつごろまであったのかは
機会をみて資料を探してみようと思います。手がほこりだらけになったので、セピ
ア色の封筒も開いてみました。サッカー部が北海道の全国大会に出場。3位になっ
た記事でした。全国3位ってすごいですね。きっと、今51歳前後の皆さんですね。
古い時代の資料を手にしてしまうとあっという間に時間が過ぎます。管理員さんが
鍵をかける時刻になりました。           (10月25日飯田芳男)