日誌

校長室から(R6年度までで更新停止となっています)

Hello校長室349


■庚子年(かのえねどし)も明けて74日経ちました。「ネズミは猫の姿を見る
と逃げ出す」と思いつつ歩いていると、敷地内に猫が三匹くつろいでいました。
きっと生徒を探していたのでしょう。以前は猫とネズミの戦いを見かけました。
「窮鼠猫を噛む(きゅうそねこをかむ)」ということわざがあります。逃げられ
ない窮地(きゅうち)に追い込まれたらネズミは猫に噛みつく、強いものに反撃
するという例えでもあります。子どもの頃、まったくのことわざ通りの光景に驚
いたものです。さて休業が続く学校です。猫もネズミも、♪ミミズだってオケラ
だってアメンボだってえ~♫二中生に会いたくて、キョロキョロしています。
                         (3月14日飯田芳男)

Hello校長室348


■事務室・職員室前の花壇の除草をしました。陽気がいいので左の写真のように
草が生えてきました。今朝、用務主事が「卒業式にはきれいな花壇にしたい」と
言って整備してくれました。卒業生にも在校生にもこの状況をなんとかしてあげ
たいのですが、もうしばらく辛抱してください。アンズの花は、皆さんの登校を
待ち切れずに満開となりました。二中生の皆さん、登校したら花や木々にも、机
や椅子にも声をかけてあげてください。       (3月13日飯田芳男)

Hello校長室347


■先人は、春は東から吹くやわらかな風にのって訪れるようです。『東風吹か
ば 匂い起こせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ』これは、太宰府へ向かう菅
原道真の一首です。歌の解釈はともかく、この歌で「東風➡こち」と読んでも
らえている気がします。南風より東風のほうが粋(いき)な感じですね。さて
二中生の皆さん、休校でストレスもあるでしょうが、そこかしこにみられる春
を探しに行ってはいかがでしょうか。皆さんがいない校舎は冷えたままで春を
感じません。                  (3月12日飯田芳男)

Hello校長室346


■東日本大震災が起きた平成22年度は、上砂川小学校の校長をしていました。
平成23年3月11日午後2時46分、つけっ放しのテレビとポケットのガラ
携が緊急地震速報を流しました。校長室から職員室の放送設備まで小走りで向
かいました。冷静に行動できたのは「震度3か4位で、速報は誤報かも」とい
う気持ちがあったからです。ところが「校内一斉」というボタンを押そうとし
たら、職員室の壁がミシッと音をたてました。これは校舎が崩れると思いまし
た。でも児童の命を救わなければなりません。「机の下にもぐりなさい」「先
生方は落下物に注意しなさい」この言葉を5~6回繰り返しました。数分後に
「校庭に避難しなさい」と指示。校庭で来客対応していた副校長が点呼を始め
ました。私は一人でトイレ等で逃げ遅れた児童の捜索を行いました。余震の最
中に「これは児童を帰宅させられない」と判断しました。時折、小雪が舞いま
した。数名の教員に、600人近い児童のジャンパーを取りに行かせました。
同時に運動会でつかった学級表示のプラボードを取りに行かせ、引き渡しに備
えました。夜10時には最後の児童が保護者と帰っていきました。何年たって
も、被災された方々の事を思うと適切な言葉がでません。
                        (3月11日飯田芳男)

Hello校長室345


■東京大空襲から75年になります。B29爆撃機による2時間半の空襲は、
墨田区、江東区、台東区を中心に1665トンの焼夷弾が投下されたと言われ
ています。10万人が犠牲になりました。その後4月には、立川も空襲を受け
立川八小の先生がお亡くなりになりました。その時二宮金次郎像が吹き飛ばさ
れ、足が欠けてしまったまま放置されていました。私が八小の校長の時、金次
郎像は再興しました。地元の方々のおかげです。私の祖母は、東京の空が真っ
赤になったと言っていました。平和が続いてほしいです。
                        (3月10日飯田芳男)