日誌

牛さんもいた砂川町


事務主事さん、用務主事さんのおかげで
花がたくさん咲いています。九小では校
庭に出る時にはここを通ることになって
います。子どもたちをたくさんお花が、
歓迎します!!

昭和36年頃の砂川地区。「砂川の赤っ風」と
といって、砂ぼこりがすごかったそうですね。
「砂川」「上砂」の地名の、由来のひとつのよ
うです。五日市街道沿いに大木が多いのも、防
風林の役目だったようです。

戦後間もない昭和20年代の夏の記念写真
だそうです。坊主頭やおかっぱが昭和らし
い。まだ生活は苦しかったのでしょうが、
平和への希望にも満ちているような気がし
ます。たぶん南側からとった写真です。

砂川地区では、羊も飼っていたそうです。明治14年
頃から始めました。これは羊の品評会のようですが、
会場がなんと、第九小学校の校庭です!

おお、砂川地区では牛さんも飼っていたのです!
これも、昭和30年代の写真です。乳牛ですね。

これが、三番にあった、水車ですか!砂川分水は
全部ふさがれて、歩道になりました。でも、この
水車のために一部分水が流れているところがあり
ます。水車は残念ながら今は修理中で、保存する
ようです。おかげで今も一部ですが分水の流れを
見ることができます。

こっ、これは!昭和30年代の上砂町で、
にわとりを放し飼いにしていたようです。
(市内には養鶏場もあったけど)もしかし
て、九小のにわとりのご先祖様だったりし
て!後ろの自転車も我々にはなつかしい!
(続く)