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立川第六中学校校歌
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黙祷
今日、午後2時46分に校内に放送が流れ、校庭利用していた生徒も仕事をしていた職員も黙祷をしました。
9年前、私は小学校の校長として感謝の集いに参加していました。
翌年から改築工事が始まる古い体育館で行われていた集いでは悲鳴が上がり、大きく揺れ、皆テーブルがわりの卓球台の下に入りました。
その日は、保護者と児童が一緒に参加していたので、一緒に帰ってもらうことができたので、引き取りをしていただくために残った児童は数名でした。
しかし、余震があり、家では怖いとか、家は散らかってしまい暗いので心配だと、学校に避難する家庭もありました。
10時を回ってようやくすべての児童が保護者に引き取られたのを確認して、自転車で帰宅をしようとすると、幹線道路には徒歩で帰宅しようとする人が溢れていました。
幹線道路に面している足立区の小中学校には、立ち寄ってトイレを借りたり、飲料をもらったり、休みを取ろうとする人でいっぱいだったそうです。
数日後に原発に事故が起きて、計画停電も始まり、テレビでは助け合っていこいというコマーシャルがよく流れました。
9年も経つと直接被害を目にすることも少なく。忘れかけていることに気がつきますが、黙祷をして、報道を見ると、あの津波の画像で大変なことが起きたと思ったことや、原発の爆発を見て、この後どうするか授業はできるのか、困り果てた事を思い出します。
事故の後、雨の中、たまたま授業のために借用していた放射線量計で計測をした事を思い出します。
中3の生徒は当時年長さんだったと思います。
私たちは、しっかり当時のことを伝えて、備えていかなくてはならないことを再確認しました。
今は、放射線とは違うウイルスという見えない敵との戦いが全世界で起きています。

スカイツリーは、追悼の色なのかいつもと違う照明でした。
赤が基調で天辺が蝋燭の炎のように光っていました。
9年前、私は小学校の校長として感謝の集いに参加していました。
翌年から改築工事が始まる古い体育館で行われていた集いでは悲鳴が上がり、大きく揺れ、皆テーブルがわりの卓球台の下に入りました。
窓の外の電柱は長く揺れ、近くの建物にはヒビが入っていました。
マイクを持っていたので、校舎が崩れないか心配する保護者に、日本の学校建築は崩れないように作られていますと声をかけました。
じっさい、耐震工事をした際に、ヒビや歪みは起きても崩れることはないですよと、担当者から聞いていました。それを思い出したので、落ちてくるものや倒れそうなもの、剥がれてくるものに気をつけるように声をかけました。
その日は、保護者と児童が一緒に参加していたので、一緒に帰ってもらうことができたので、引き取りをしていただくために残った児童は数名でした。
しかし、余震があり、家では怖いとか、家は散らかってしまい暗いので心配だと、学校に避難する家庭もありました。
10時を回ってようやくすべての児童が保護者に引き取られたのを確認して、自転車で帰宅をしようとすると、幹線道路には徒歩で帰宅しようとする人が溢れていました。
幹線道路に面している足立区の小中学校には、立ち寄ってトイレを借りたり、飲料をもらったり、休みを取ろうとする人でいっぱいだったそうです。
数日後に原発に事故が起きて、計画停電も始まり、テレビでは助け合っていこいというコマーシャルがよく流れました。
9年も経つと直接被害を目にすることも少なく。忘れかけていることに気がつきますが、黙祷をして、報道を見ると、あの津波の画像で大変なことが起きたと思ったことや、原発の爆発を見て、この後どうするか授業はできるのか、困り果てた事を思い出します。
事故の後、雨の中、たまたま授業のために借用していた放射線量計で計測をした事を思い出します。
中3の生徒は当時年長さんだったと思います。
私たちは、しっかり当時のことを伝えて、備えていかなくてはならないことを再確認しました。
今は、放射線とは違うウイルスという見えない敵との戦いが全世界で起きています。
冷静に、自分たちが今できることで対応していきたいと思います。
スカイツリーは、追悼の色なのかいつもと違う照明でした。
赤が基調で天辺が蝋燭の炎のように光っていました。