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立川第六中学校校歌
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避難訓練
阪神淡路大震災のあった今日、避難訓練を行いました。
真剣に取り組む姿が多く見られましたが、終えてから、校舎に戻る時の上履きに土が付いていて、
その後、先生方や主事さん事務さんが1時間かけて緊急清掃をしました。
素早く対応し行動できる教職員に感謝です。
整美委員会も雑巾を用意してくれました。
今日は校庭も水分を含んでいたため
上履きの底に多くの土が付いていたのが雑巾でだけでは取りきれなかったようです。
次回は校舎に戻る時にしっかり土を落とすようにしましょう。
震災というと、
今までに記憶に残る大きな地震が何度かありました。
新潟地震。
田圃の畦道で遊んでいたら立っていられないくらい揺れたので家に戻ると石油タンクが燃えていると大人が話していました。
阪神淡路大震災
朝出勤準備をしている時に東京でも大きく揺れたのがわかりました。
高速道路が横倒しになってた映像は皆さんも見たことでしょう。
倒壊した家屋の下敷きで閉じ込められたり、火災で亡くなる方が多くいたと聞いています。ボランティアが多く報道うされました。
中越地震
法事で実家に帰っていると突然、家が潰れるのではないかというほど揺れました。
上越線沿線は全て通行止めとなっていて、大きく迂回して東京に戻りました。
ライフラインが回復するのに時間を要したそうです。
無理して東京に戻りましたが、
戻っても余震の報道があるたびに残してきた高齢の親の心配が募りました。
尋常でない揺れを体験しているだけに、PTSDと言われる症状だと後でわかりました。
中越沖地震
東京で授業をしていても揺れが解りました。
震源地が実家のそばとわかり、事情を話して休みをもらい、
急遽東京で水を買いつけて関越道を一晩走りました。
水は中越地震の時に真っ先に足りなくなることがわかっていたからです。
幸い、帰ってみるとガスも使え、停電もぎりぎり回避されて、水だけが出ない状況でした。持って帰ってよかったですが、自衛隊による炊き出しや給水に助けられました。
倒壊した家が多くありました。
東日本大震災
交通も止まり,
学校が避難所にもなり、放射能の心配も起きて、東京ですら平常になかなか戻られない状態でした。
津波の被害を受けた地域は、さらに大変だっただろうと思います。
中学生も地域の力として期待されるようになったきっかけのように思います。
思いつくだけでいくつかありますが、地震はもっと多く起きています。
さらに水害や噴火などもあります。
備えをしておくことや連絡の取り方を決めておくことなども大切です。
震災のあった日ということで、思い出して書いてみました。
避難する生徒

掲示物
家庭科の作品と1年生のスキー教室に向けてのレポート

図書室前の詩の紹介 と 2月に本校からも作品を出品する都美術展の案内ポスター

桜並木清掃の際に植え付けたプランターの花が寒さと乾燥にも耐えて咲いています。

授業の様子
美術と英語
社会と保健体育(保健)
数学と国語
理科
放課後活動していた部活動
パソコン部
タブレットを使っての絵伝言ゲームで楽しむ。
書き初め作品を見て回る教科担当
放課後の部活動
バスケットボール部女子と陸上競技部(基本トレ)
野球部とバトミントン部
美術部
居残り学習をしていた一年生の教室から見えた夕焼けと富士山
1週間後は1年生のスキー教室です。
健康に注意して生活しましょう。
真剣に取り組む姿が多く見られましたが、終えてから、校舎に戻る時の上履きに土が付いていて、
その後、先生方や主事さん事務さんが1時間かけて緊急清掃をしました。
素早く対応し行動できる教職員に感謝です。
整美委員会も雑巾を用意してくれました。
今日は校庭も水分を含んでいたため
上履きの底に多くの土が付いていたのが雑巾でだけでは取りきれなかったようです。
次回は校舎に戻る時にしっかり土を落とすようにしましょう。
震災というと、
今までに記憶に残る大きな地震が何度かありました。
新潟地震。
田圃の畦道で遊んでいたら立っていられないくらい揺れたので家に戻ると石油タンクが燃えていると大人が話していました。
阪神淡路大震災
朝出勤準備をしている時に東京でも大きく揺れたのがわかりました。
高速道路が横倒しになってた映像は皆さんも見たことでしょう。
倒壊した家屋の下敷きで閉じ込められたり、火災で亡くなる方が多くいたと聞いています。ボランティアが多く報道うされました。
中越地震
法事で実家に帰っていると突然、家が潰れるのではないかというほど揺れました。
上越線沿線は全て通行止めとなっていて、大きく迂回して東京に戻りました。
ライフラインが回復するのに時間を要したそうです。
無理して東京に戻りましたが、
戻っても余震の報道があるたびに残してきた高齢の親の心配が募りました。
尋常でない揺れを体験しているだけに、PTSDと言われる症状だと後でわかりました。
中越沖地震
東京で授業をしていても揺れが解りました。
震源地が実家のそばとわかり、事情を話して休みをもらい、
急遽東京で水を買いつけて関越道を一晩走りました。
水は中越地震の時に真っ先に足りなくなることがわかっていたからです。
幸い、帰ってみるとガスも使え、停電もぎりぎり回避されて、水だけが出ない状況でした。持って帰ってよかったですが、自衛隊による炊き出しや給水に助けられました。
倒壊した家が多くありました。
東日本大震災
交通も止まり,
学校が避難所にもなり、放射能の心配も起きて、東京ですら平常になかなか戻られない状態でした。
津波の被害を受けた地域は、さらに大変だっただろうと思います。
中学生も地域の力として期待されるようになったきっかけのように思います。
思いつくだけでいくつかありますが、地震はもっと多く起きています。
さらに水害や噴火などもあります。
備えをしておくことや連絡の取り方を決めておくことなども大切です。
震災のあった日ということで、思い出して書いてみました。
避難する生徒
掲示物
家庭科の作品と1年生のスキー教室に向けてのレポート
図書室前の詩の紹介 と 2月に本校からも作品を出品する都美術展の案内ポスター
桜並木清掃の際に植え付けたプランターの花が寒さと乾燥にも耐えて咲いています。
授業の様子
美術と英語
社会と保健体育(保健)
数学と国語
理科
放課後活動していた部活動
パソコン部
タブレットを使っての絵伝言ゲームで楽しむ。
書き初め作品を見て回る教科担当
放課後の部活動
バスケットボール部女子と陸上競技部(基本トレ)
野球部とバトミントン部
美術部
居残り学習をしていた一年生の教室から見えた夕焼けと富士山
1週間後は1年生のスキー教室です。
健康に注意して生活しましょう。